桜江町滞在記録
ライター辻本の桜江滞在リポート
「有機」をするしかない!?
手つかずのまま残る桜江の自然
わたくし、東京で雑誌編集などのライターをやっているものです。この度、島根県でこだわりの桑茶を創っておられるとうかがい、取材にまいりました。その時の様子をかきしるしたいと思います。
早朝6時51分、島根県旭町木田の旭インターチェンジの空気は澄みきっていて爽やかでした。東京・新宿から深夜バスでおよそ12時間。やっと辿り着いたこのICから、さらに自動車に乗り換えて山間のくねくねした道を進みます。目的地は、桑茶生産組合がある島根県邑智郡桜江町。
桑茶生産組合のこだわりは、完全な「有機農法」です。「有機」を称するのがなかなか難しいのは、先月号の『有機JASを取るのは大変!』で紹介しましたが、桜江に近づくにつれて「有機」であることを称する当然さが、何となくわかってきました。「この土地では、逆に有機以外はあり得ないのでは……?」
信号のない道をどんどん進んでいくと、あたりは少しずつ霧と靄に包まれていきます。右手には、中国山地を横断する一級河川「江ノ川」の最大支流である八戸川が流れています。寒暖の差が激しいため、水温が一気に上昇し、霧が立ちこめるのです。
この朝霧は何ヵ月にもわたって続きます。こうした自然のままの環境が、植物に適度な湿気をもたらし肥沃な土壌を育てる。ちなみに夏になると、八戸川ではまばゆいばかりの大量の螢が現れるそうです。
江ノ川の恵みが良質な桜江の桑を作った
桜江町は島根県のほぼ中央部、中国山地の北斜面に位置し、87.8%が林野であるまさに山間の町です。山間の地といっても、町の中央では江ノ川と八戸川が合流し、付近の土壌に恵みをもたらしています。この江ノ川は過去に何度もも氾濫し大水害をもたらしましたが、同時に肥沃な土壌を町に運びました。かつて広大な桑畑が栄えたのは、まさにこの川がもたらす恵みのおかげだったのです。
実際に目にした江ノ川は、静かに滔々と流れる美しい川でした。時に荒れ狂うなど想像もできません。川にはアユや川エビ、ツガニ(モクズガニ)など、様々な生物が棲息しています。
聞くところによると、この川ではなんと海水魚であるスズキが捕れることで、釣り人たちの間で全国的に有名だそうです。あまりに綺麗なこの川に餌を求めて、20・離れた河口から上ってくるのです。昔に比べて水害が少なくなった分、川エビなどの餌が増えているといいます。
「なぜ島根県桜江の桑が良いのか?」 この問いに対するひとつの答えは、江ノ川の美しい水をふんだんに利用して作られる桑の葉自体の品質が優れているからです。余計なことは何もする必要はありません。桑の葉がもともと持つ品質を壊さないようにすること、それだけが守るべきことなのです。もちろん、それがなかなか大変なのですが。
最近では「有機」と聞くと、様々に工夫を凝らした「こだわりの農業」というイメージが定着しつつあります。でも桜江の「有機」はなにやら違っているようです。言ってみれば、自然のありのままの営みに寄り添った農業。考えてみれば、ほんの100年前では、日本のどの農業も「有機」でした。桜江の農業は、かつて当たり前のように行なわれていた農業の姿そのものなのかもしれません。
桑の木々を支えるふわふわの大地
さて桜江に到着後、午前の桑の実摘みを見学するためにさっそく桑畑へお邪魔することに。緑あふれる山々と、広大な川以外には余計なものが何もない土地に目を奪われながら、車はとことこ進んで行きます。地元の人にとっては「なーんにもない土地」なのかもしれませんが、都会の生活に慣れきった私には、とても新鮮で、でもどこか懐かしい景色ばかりです。
私たちが桑畑に着くころには、すでに桑の実摘みの真っ最中でした。大きな桑の木が何本も立ち並び、重なる木々の間に、遠目にも黒い実が垣間見えます。そちらへ向かおうと一歩踏み出したそのとき、私は思わぬ感触に驚いてしまいました。畑へ向かう路がふわふわだったのです。足元を見やると、表面は白っぽく乾いてひからびているようです。でもその内部には、湿気たっぷりの黒くて柔らかい土が隠れていたのでした。地面は固い物だと無意識にも思っていたため、思わず驚いてしまったのです。
聞くと、山や川から運ばれるミネラルがたっぷりで、大地が充分に肥えているからだとか。なんだか、ささやかな驚きが次々と起こります……。
昆虫、タケノコ……まさに手つかずの自然の地!
さらに歩いていくと、次はあまりの虫の多さに驚かされました。スズメバチ、モンシロチョウ、蚊やそのほかもろもろの昆虫たち。虫穫りを楽しんだのは遠い昔のこと、これだけの昆虫に囲まれたのはそれこそ何年ぶり。カメラを持つ手が、次々と虫に咬まれていきます。まさに手つかずの自然の地! この土地にとっては、人間のほうがよそ様なのかもしれないな……、とぼんやり思いながら歩いていると、「あ、そこちょっと待って!」と呼び止められました。次はなんでしょう……と足元を見ると、小さいタケノコがたくさん顔を出しているではないですか。タケノコは竹薮に生えるものと思っていた私は、またまたびっくり。あやうく踏みかけましたが、地元の人は歩くだけで、どこにタケノコがあるのかがわかるそうです。 そんなこんなで桑の木のふもとに辿りつきました。


























